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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)175号 判決 1998年9月24日

東京都千代田区丸の内二丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

北岡隆

訴訟代理人弁理士

古川亮

東京都千代田区霞が関三丁目4蚕3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

寺尾俊

土井俊一

吉村宅衛

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  原告

特許庁が平成7年審判第15725号事件について平成8年6月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  事案の概要(争いがない)

本件は、原告が、昭和60年5月13日に発明の名称を「冷蔵庫の扉」とする発明について特許出願をしたところ(昭和60年特許願第101005号。以下「本願発明」という。)、平成6年11月9日に特許法29条2項により特許を受けることができないとの理由で拒絶査定を受け、平成7年7月27日に拒絶査定不服の審判を請求し、同年審判第15725号事件として審理され、平成8年6月25日に「本件審判の請求は、成り立たない」旨の審決を受け、同年7月29日にその謄本の送達を受けたので、その審決の取消しを求めているものである。

第3  後記争点についての認定判断の前提となる事実関係

1  本願発明の特許請求の範囲(争いがない)

本願明細書の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。

「発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面をおおう鋼板で形成された外面板と、鋼板により形成され、上記発泡断熱材に接する補強板と、を鋼板同士により重ね合わせて構成したことを特徴とする冷蔵庫の扉。」(別紙図面(1)第1図ないし第3図参照)

2  審決の理由(争いがない)

審決の理由は、別添審決書写し理由欄記載のとおりであって、その要点は、本願発明は、本願の出願前に頒布された刊行物である特開昭59-21973号公報(以下「引用例1」という。)及び特開昭57-202477号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

3  審決の理由中、原告が認める審決の認定判断

(引用例1の記載についての次の認定)

「<1>発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面をおおう扉外板2と、上記発泡断熱材に接するポリエチレンシート6と、を重ね合わせて構成した冷蔵庫の扉。

<2>扉本体1内に断熱材の原液を注入し発泡させて扉体を作る場合、ウレタン等の断熱材の収縮、伸張作用により扉表面にひずみや凹凸部が発生するため、扉外板2の裏面にはポリエチレンシート6を周囲をテープ7で止めて被着し、扉外板2と断熱材とが密着しないようにしている。」(以上、特に、第1図、9第2図、1頁右下欄6行ないし12行参照)(別紙図面(2)参照)

(引用例2の記載についての次の認定)

「<1>発泡断熱材を充填した断熱箱体において、垂直な内箱側壁8bとの間の間隔を外箱底壁5a側に向かうにつれ狭くする外箱側壁5b内面であって、発泡断熱材の発泡工程時空気溜まりが形成され易い外箱側壁5b内面に、鉄板等からなる気泡接触部材6を貼着等の手段により固定した断熱箱体。

<2>上記<1>により、断熱箱体は、外箱側壁5bの強度の向上が図れ、しかも、発泡工程終了後、発泡断熱材に収縮が生じても、気泡接触部材6により側壁5bが発泡断熱材層に吸引されることはなく、」(以上、特に2頁右上欄3行看いし17行参照)(別紙図面(3)参照)

(対比についての次の判断)

引用例1の「扉外板2」は、その材料の点を別として、本願発明の「外面板」に相当し、また、引用例1の「ポリエチレンシート6」も、本願発明の「補強板」も、ともに発泡断熱材に接し、かつ、上記「外面板」と重ね合わせて構成される「シート状体」である点で異なるところはなく、本願発明と引用例1記載の発明が、「発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面をおおう外面板と、上記発泡断熱材に接するシート状体と、を重ね合わせて構成した冷蔵庫の扉。」の点で一致する。

他方、「外面板」について、本願発明は、「鋼板」で形成されたのに対して、引用例1は、どのような材料で形成されたか明らかでない(相違点1)。

「シート状体」について、本願発明は、「鋼板」により形成された「補強板」であるのに対して、引用例1は、「ポリエチレンシート」である(相違点2)。

本願発明は、「鋼板同士により」重ね合わせて構成しているが、この点は、相違点1及び2における本願発明の構成により、必然的に招来される構成に過ぎない。

(相違点1についての次の判断)

冷蔵庫の扉の前面をおおう外面板を鋼板により形成することは、従来周知である。したがって、相違点1において、本願発明が、その「外面板」を「鋼板」により形成した点には、何らの創意を要したものとも認められない。

第4  争点

1  原告の主張(審決を取り消すべき事由)

(1)  本願発明

本願発明の解決課題は、家庭で使用される冷蔵庫の最も目に付く扉表面の全体若しくは部分的ひずみを防止しようとする(目的)ものであり、発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面を覆う鋼板で形成された外面板と、鋼板により形成され、上記発泡断熱材に接する補強板と、を鋼板同士により重ね合わせた(構成)ことにより、冷蔵庫の扉表面の光の反射等により使用者に不快感を与えることを防ぐことができる(効果)ものである。そして、本願発明は、上記構成により、断熱材充填時のみでなく、運転時、すなわち、冷蔵庫内の冷却時においても、特に夏期のように庫内と外側の温度差の大きい時にも外面板の微小な歪みをなくして、扉表面の光の反射による不快感をなくすることができるのである(甲第2号証3頁3行ないし5行)。

(2)  引用例1の記載

これに対して、引用例1記載の発明は、本願明細書及び図面第4図ないし第6図(別紙図面(1)参照)に説明されている本願発明の従来例と同一のものであり、扉外板の裏面にポリエチレンシートを被着させ扉外板と断熱材とが密着しないようにするもので、ポリエチレンシートは単に部分的な断熱材と外面板との接着を防止しようとする離型材であって、温度変化による扉表面の変形を防止するための扉外板の強度を増す補強板ではない。

(3)  引用例2の記載

また、引用例2記載の発明は、樹脂製の箱体の底部側壁の変形を防止するために側壁内面に鉄板又は樹脂板等の気泡接触部材を接着剤により貼着しようとするものであって、その目的は、箱体の重量及び発泡断熱材に対する外箱底壁の強度の向上を図り、かつ、外箱底壁への空気溜りの形成を阻止して発泡後の変形防止を図ることであり、気泡接触部材は補強材である(甲第4号証1頁左下欄15行ないし18行)。

(4)  進歩性

引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は、課題、目的が相違するものであり、これを組み合わせることは容易ではなく、ひいては、本願発明は引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明に基づいて容易に発明できたものではない。

すなわち、引用例1記載の発明は、冷蔵庫の扉を製造する時に発泡断熱材と扉外板との密着を防止しようとするのに対して、引用例2記載の発明は、箱体の重量及び発泡断熱材に対する外箱底壁の強度の向上を図ろうとするものであるから、両者の課題、目的が相違することは明らかである。

また、引用例2の鉄板等からなる気泡接触部材を、引用例1のポリエチレンシートに代えることは、材料の種類だけの間題でなく、離型材と補強材の違いがあり、置換えは容易とはいえない。けだし、引用例2記載の発明と引用例1記載の発明とは課題、目的が相違するから、「鉄板等からなる気泡接触部材」を「ポリエチレンシート」に結び付けること、そして、「鉄板等からなる気泡接触部材」を「ポリエチレンシート」に代えて用いることは、当業者といえども容易になし得るものではないからである。

さらに、引用例2の気泡接触部材6、6は、第3図に示すように、側壁の下半分にしか設けられておらず、製造時の温度変化への対応は考えているが、運転時、すなわち、庫内の冷却時の温度変化は側壁上半分にも及ぶから、これでは、運転時、すなわち、冷却時の温度変化への対応を考えていないこと又は示唆していないことは明瞭である。これに対して、本願発明は、冷蔵室前面のほぼ全部にわたる扉の内部全体に広がって補強板が設けられているものであり、製造時のみでなく、運転時の温度変化にも十分対応できることは明らかである。したがって、本願発明と引用例2記載の発明とは技術的課題と効果を同じくするものでないことは、具体的構成から見ても明らかである。

(5)  以上のとおりであって、審決は、引用例1記載の発明の技術内容を誤認し、かつ、相違点2についての進歩性の判断を誤った違法があるから、取り消されるべきである。

2  被告の主張

(1)  本願発明について

本件発明は、扉の前面をおおう鋼板で形成された外面板と、発泡断熱材に接する補強板とを鋼板により重ね合わせて構成することにより外面板を補強し、発泡断熱材の充填時並びに庫内の温度変化による発泡断熱材の膨張収縮を抑制することによって、冷蔵庫の外面板の変形を防止しようとするものであって、原告が主張するような課題、効果のものではなく、原告の主張は、本願明細書及び図面の記載に基づかない主張である。

(2)  引用例1の記載について

審決が引用した引用例1の記載によれば、引用例1の第1図、第2図に示されたものにおいて、扉表面にひずみや凹凸部が発生するのを防ぐのは、ポリエチレンシートの離型材としての働きと、扉外板とポリエチレンシートとの重ね合った2枚板の強度との総合作用によるものと解される。仮に扉外板とポリエチレンシートとの重ね合った2枚板の強度が十分でない場合には、たとえポリエチレンシートが離型材として働いても、断熱材の収縮、伸張作用に耐えられず、扉表面にひずみや凹凸部が発生するのを十分に阻止することができないはずである。

被告は、引用例1記載のポリエチレンシートが離型材としての機能を有することを否定しているのではない。このポリエチレンシートは、離型材としての機能を有するものであると共に、これを扉外板に被着すれば、その増加の程度はともあれ、被着した分だけ重ね合わせにより扉外板の強度が増すことになるから、ポリエチレンシートが扉外板の強度を全く補強しないものであるとはいうことができないのである。

したがって、ポリエチレンシートの離型材としての機能のみを取り上げて、温度変化による扉表面の変形を防止するための外面板の強度を増す補強板ではないとする原告の主張は当を得たものではない。

(3)  引用例2の記載について

引用例2には、断熱箱体は、外箱側壁5bの強度の向上が図れ、しかも、発泡工程終了後、発泡断熱材に収縮が生じても、気泡接触部材6により側壁5bが発泡断熱材層に吸引されることはなく、側壁5bの変形を阻止でき、そして、発泡断熱材の膨張収縮時に発泡断熱材表面と側壁5b表面の間に抵抗力が生じていることが記載されているから(2頁右上欄5行ないし17行)、ひいては、気泡接触部材6表面との間にも発泡断熱材の変形に抗する抵抗力が生じ得ると解することができ、本願発明の補強板も引用例2に記載の気泡接触部材6も、いずれも、断熱箱体外壁板を補強し、発泡断熱材の膨張収縮に対し断熱箱体外壁板の変形を防止するという点で技術的課題と効果を同じくするということができるのである。

(4)  進歩性について

引用例1のボリエチレンシートも、発泡断熱材の膨張収縮に対して断熱箱体外壁板(扉外板2)の変形を防止するものであるから、引用例1記載の「ポリエチレンシート」に代えて、引用例2記載の「鉄板等からなる気泡接触部材」を用い、本願発明の特許請求の範囲に記載されたもののように構成することは、当業者が容易になし得たものである。

また、引用例2記載のものにおいても、側壁の強度を向上させる気泡接触部材として、鉄板、樹脂板あるいは発泡ポリエチレンシート等の適材が用いられており、また、引用例2の気泡接触部材と引用例1のポリエチレンシート及び本件発明の補強板は、その技術的課題と効果において共通点があるのであるから、気泡接触部材とポリエチレンシートの置換えは容易というべきである。

さらに、本願発明と引用例2記載の発明の技術的課題と効果の共通点を踏まえれば、相違点2における本願発明の構成は、引用例2に記載された「鉄板等からなる気泡接触部材」を、引用例1の「ポリエチレンシート」に代えて用いることにより、当業者が容易になし得たものである。

(5)  したがって、原告の主張は、いずれも当を得ず、審決の認定判断に誤りはない。

第5  争点についての当裁判所の判断

1  本願発明について

(1)  甲第2号証(特許願)及び甲第7号証(手続補正書)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、次のとおりの記載があることが認められる。

(イ) (産業上の利用分野)

本願発明は冷蔵庫の扉、特に扉の前面を構成する前面板の変形の防止に関するものである。(甲第2号証1頁14行、15行)

(ロ) (従来の技術)

甲第2号証の第4図ないし第6図(別紙図面(1)参照)は、冷蔵庫扉の従来例を示すもので、・・・離型片6は、断熱材5が発泡固化するとき発生するガス溜りや巣のため平坦な表面が形成されないため、外面板2が部分的な変形を生じたり、運転時に断熱材5が部分的に収縮して、外面板2が部分的な変形を生ずるのを防止する。(同号証1頁17行ないし2頁11行)

(ハ) (発明が解決しようとする問題点)

従来の扉本体1は、外面板2と断熱材5とが離型片6により離型されており、発泡樹脂で形成された断熱材5と鋼板で形成された外面板2とは収縮率が異なるので、庫内の温度が低くなると、断熱材5と外面板2の収縮率の差により、甲第2号証の第6図(別紙図面(1)参照)に矢印Aで示されるように、断熱材5は、離型片6とともに収縮し、その結果、外面板2は外方に大きく湾曲し、中央部がふくれ上がるという欠点があった。本願発明は、以上のような問題点を解決するためになされたもので、断熱材充填時並びに運転時に外面板に変形を生ずることのない冷蔵庫の扉を提供することを目的とするものである。(同号証2頁13行ないし3頁5行)

(ニ) (問題点を解決するための手段)

本願発明は、上記目的を達成するために、前記特許請求の範囲記載の構成を採用したものであり、本願発明による冷蔵庫の扉は、前面を覆う、鋼板で形成された外面板と断熱材に接する補強板とを鋼板により重ね合わせて構成したものである。(同号証3頁7行ないし9行、甲第7号証)

(ホ) (作用)

本願発明においては、鋼板で形成された外面板と補強板とを鋼板により重ね合わせることにより外面板の強度が増すので、補強板に接する発泡断熱材の充填時並びに庫内の温度変化による膨張収縮を抑制する。(甲第2号証3頁11行ないし14行、甲第7号証2頁1行ないし3行)

(ヘ) (発明の効果)

本願発明は、以上説明したように、扉の前面を覆う、鋼板で形成された外面板と、発泡断熱材に接する補強板とを鋼板により重ね合せて構成することにより外面板を補強したので、上記外面板と上記補強板との材質が同様であるため、面方向の収縮率が等しくなり、発泡断熱材の充填時並びに庫内の温度変化による発泡断熱材の膨張収縮を抑制することができ、冷蔵庫の外面板の変形を防止する効果がある。(同号証4頁16行ないし5頁2行、甲第7号証2頁4行ないし9行)

(2)  上記記載によれば、本願発明は、断熱材充填時並びに運転時に外面板に変形を生ずることのない冷蔵庫の扉を提供しようとするものであり、発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面を覆う、鋼板で形成された外面板と、断熱材に接する補強板とを、鋼板同士により重ね合わせて構成したことにより、発泡断熱材の充填時並びに庫内の温度変化による発泡断熱材の膨張収縮を抑制することができ、冷蔵庫の外面板の変形を防止する効果を奏するというものである。

2  引用例1の記載について

(1)  原告が認める審決認定の引用例1の記載及び甲第3号証によれば、審決認定の引用例1の記載は、特開昭59-21973号公報中に従来技術として記載されているもので、冷蔵庫の扉本体1内に断熱材の原液を注入し発泡させて扉体を作る場合に、ウレタン等の断熱材の収縮、伸張作用により扉表面にひずみや凹凸部が発生するのを防止することを目的としており、その構成は、扉表面となる扉外板2の裏面にポリエチレンシート6を周囲をテープ7で止めて被着し、扉外板2と断熱材5とが密着しないようにしているものと認められる(別紙図面(2)参照)。

そうすると、引用例1のポリエチレンシート6が、冷蔵庫の扉を製造する時に断熱材5と扉外板2との密着を防止しようとする離型材としての役割を果たしていることは明らかである。

(2)  ところで、原告は、引用例1のポリエチレンシートは、温度変化による扉表面の変形を防止するための扉外板の強度を増す補強板ではない旨主張する。

しかし、上記引用例1の記載によれば、引用例1のポリエチレンシート6は、扉外板2と断熱材5とが密着しないようにするものであるが、扉外板2に対しては重ね合わされるとともに、その周囲をテープ7で扉外板2の裏面に被着されているものである(別紙図面(2)参照)。

そして、扉本体1内に断熱材の原液を注入し発泡させて扉体を作る場合、ウレタン等の断熱材の収縮、伸張作用により扉表面にひずみや凹凸部が発生するのを防止するというものである以上、断熱材5の収縮、伸張に伴ってポリエチレンシート6自体がひずんだり凹凸部が生じたりすることはないはずであり、したがって、ポリエチレンシート6は、このような不都合を起こさないために所定の強度を有していると解され、被着した分だけ重ね合わせにより扉外板2の強度が増すことになるのは明らかであって、ポリエチレンシート6には補強機能もあるものと認められる。

また、運転時、すなわち、冷蔵庫の冷却時においても、庫内の温度変化に伴って断熱材5の収縮、伸張作用が生じ、その収縮、伸張作用により扉表面にひずみや凹凸部を発生させ得ることは、物理作用として断熱材充填時と同様であると解されるところ、被着した分だけ重ね合わせにより扉外板の強度が増しているポリエチレンシート6は、断熱材充填時と同様に補強機能を発揮するというべきである。

3  引用例2の記載について

原告が認める審決認定の引用例2の記載及び甲第4号証によれば、引用例2に係る明細書の発明の詳細な説明には、引用例2記載の発明について、「その目的とする処は箱体の重量及び発泡断熱材に対する外箱底壁の強度の向上を図り、且つ、外箱底壁への空気溜りの形成を阻止して発泡後の変形防止を図ることにある。」(1頁左下欄14行ないし18行)、「鉄板、樹脂板或いは発泡ポリエチレンシート等の適材よりなる気泡接触部材(6)(6)が接着剤(7)により貼着され」(同頁右下欄14行ないし16行)、「発泡工程時内箱(8)の垂直な側壁(8b)との間の間隔を上方に向かうにつれ狭くする側壁(5b)内面に予じめ気泡接触部材(6)(6)を貼着して側壁(5b)の強度の向上が図れ」(同2頁右上欄4行ないし7行)という記載があり(別紙図面(3)参照)、以上の記載によれば、引用例2記載の発明においては、鉄板、樹脂板あるいは発泡ポリエチレンシート等の適材からなる気泡接触部材(6)を、外箱の側壁(5b)の内面に固定することにより、断熱箱体の外箱の側壁(5b)の強度を補強するとともに、気泡接触部材(6)により、発泡断熱材の収縮に対し、断熱箱体の外箱の側壁(5b)の変形を阻止するという効果を奏するものであることが認められる。

4  進歩性について

(1)  前記2及び3認定のとおり、引用例1のポリエチレンシートは、断熱材充填時にあっては、充填に伴う断熱材の収縮、伸張に起因して生じる外面板の変形を防止する離型材と補強板として機能するとともに、運転時にあっては、冷蔵庫の冷却による断熱材の収縮、伸張に起因して生じる外面板の変形を防止する補強板として機能しており、また、引用例2には、側壁の強度を向上させる気泡接触部材(補強板)として、鉄板、樹脂板或いは発泡ポリエチレンシート等の適材が記載され、この気泡接触部材は、断熱材充填時にも通常時にも、断熱材の収縮、伸張に起因して生じる外壁の変形を防止する補強板として機能するから、両者には、断熱材充填時と運転時に断熱材の収縮、伸張に起因する外壁の変形を防止する補強板として技術的課題、目的上の共通点があるものであり、引用例1記載の発明におけるポリエチレンシートを、引用例2記載の発明における鉄板で置き換えることは当業者にとって容易であると解するのが相当である。

そして、前記1(2)認定の本願発明は、上記認定の引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とその技術的課題、目的と軌を一にするものであるから、本願発明は、引用例1記載の従来技術の発明と引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をなしえたものというべきである。

(2)  原告は、引用例2記載の発明と引用例1記載の従来技術である発明とは課題、目的が相違することを前提に、引用例2の鉄板等からなる気泡接触部材を、引用例1のポリエチレンシートに代えることは、材料の種類だけの間題でなく、離型材と補強材の違いがあり、置換えは容易とはいえない旨主張するが、上記(1)の認定判断のとおり、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明には、断熱材充填時と運転時に断熱材の収縮、伸張に起因する外壁の変形を防止する補強板として技術的課題、目的上の共通点があるのであるから、原告の主張は、前提を欠くものであって、採用の限りでない。

(3)  原告は、引用例2の気泡接触部材について、側壁の下半分にしか設けられていないから、運転時、すなわち、冷却時の温度変化への対応を考えていない又は示唆していないとの理由で、本願発明と引用例2記載の発明とは技術的課題と効果を同じくするものでない旨主張する。

甲第4号証の図面第3図(別紙図面(3))によれば、引用例2の気泡接触部材6は、外箱側壁5bのおよそ上側の半分に貼着されていることが認められる。

しかし、甲第4号証によれば、上記図面第3図は、実施例であるところ、同号証を精査しても、引用例2記載の発明において、気泡接触部材6の外箱側壁5bに対する大きさを限定する記載はなく、また、そのように限定しなければならない理由もない。したがって、原告の上記主張は、ぞの前提を欠くものであって、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

(4)  そうすると、本願発明について、特許法29条2項により特許を受けることができないとした審決の判断には違法はなく、取り消されるべき事由はない。

5  よって、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年9月10日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

理由

1. 手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和60年5月13日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後の平成4年3月10日付け及び平成7年8月28日付けの各手続補正書により適法に補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面をおおう鋼板で形成された外面板と、鋼板により形成され、上記発泡断熱材に接する補強板と、を鋼板同士により重ね合わせて構成したことを特徴とする冷蔵庫の扉。」

2. 引用例

これに対して、原査定の拒絶の理由である特許異議の決定の理由に引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である特開昭59-21973号公報(以下、引用例1という。)、特開昭57-202477号公報(以下、引用例2という。)には、それぞれ次の事項が記載されているものと認める。

引用例1:

「<1>発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面をおおう扉外板2と、上記発泡断熱材に接するポリエチレンシート6と、を重ね合わせて構成した冷蔵庫の扉。

<2>扉本体1内に断熱材の原液を注入し発泡させて扉体を作る場合、ウレタン等の断熱材の収縮、伸張作用により扉表面にひずみや凹凸部が発生するため、扉外板2の裏面にはポリエチレンシート6を周囲をテープ7で止めて被着し、扉外板2と断熱材とが密着しないようにしている。」

(以上、特に第1、2図、第1頁右下欄第6~12行参照)

引用例2:

「<1>発泡断熱材を充填した断熱箱体において、垂直な内箱側壁8bとの間の間隔を外箱底壁5a側に向かうにつれ狭くする外箱側壁5b内面であって、発泡断熱材の発泡工程時空気溜まりが形成され易い外箱側壁5b内面に、鉄板等からなる気泡接触部材6を貼着等の手段により固定した断熱箱体。

<2>上記<1>により、断熱箱体は、外箱側壁5bの強度の向上が図れ、しかも、発泡工程終了後、発泡断熱材に収縮が生じても、気泡接触部材6により側壁5bが発泡断熱材層に吸引されることはなく、側壁5bの変形を阻止できる。」(以上、特に第2頁右上欄第3~17行参照。)

3. 対比

そこで、本願発明(以下、前者という。)と上記引用例1に記載された発明(以下、後者という。)とを対比すると、後者の「扉外板2」は、その材料の点を別として、前者の「外面板」に相当する。また、後者の「ポリエチレンシート6」も、前者の「補強板」も、ともに発泡断熱材に接し、且つ、上記「外面板」と重ね合わせて構成される「シート状体」である点で異なるところはない。したがって、両者は、

「発泡断熱材を充填した冷蔵庫の扉において、前面をおおう外面板と、上記発泡断熱材に接するシート状体と、を重ね合わせて構成した冷蔵庫の扉。」の点で一致し、次の点で相違する。

相違点1:

「外面板」が、前者は、「鋼板」で形成されたのに対して、後者は、どのような材料で形成されたか明らかでない。

相違点2:

「シート状体」が、前者は、「鋼板」により形成された「補強板」であるのに対して、後者は、「ポリエチレンシート」であり、「外面板」に対し補強の作用をするものかどうか明らかでない。

なお、前者は、「鋼板同士により」重ね合わせて構成しているが、この点は、上記相違点1及び2における前者の構成により、必然的に招来される構成に過ぎない。

4. 当審の判断

上記相違点について検討する。

相違点1について

冷蔵庫の扉の前面をおおう外面板を鋼板により形成することは、従来周知である(この点について、要すれば、櫻井省吾他1名著「電気冷蔵庫」彰国社、昭和28年4月1日発行、第67~69頁参照)。したがって、相違点1において、前者が、その「外面板」を「鋼板」により形成した点には、何らの創意を要したものとも認められない。

相違点2について:

上記引用例2に記載された発泡断熱材を充填した断熱箱体において、外箱側壁5b内面に取り付けられた鉄板等からなる気泡接触部材6は、これにより、外箱側壁5bの強度の向上を図るとともに、発泡工程終了後発泡断熱材に収縮が生じても、外箱側壁5bが発泡断熱材層に吸引されることがなく、外箱側壁5bの変形を阻止できる、というものである(記載事項<1>、<2>)。そこで、これを、相違点2における前者の、「鋼板」により形成された「補強板」と比較すると、このものも、「外面板を補強したので、発泡断熱材の充填時ならびに庫内の温度変化による発泡断熱材の膨張収縮を抑制することができ、冷蔵庫の外面板の変形を防止する効果がある。」(明細書第4頁第18行~第5頁第2行)というものであり、いずれのものも、断熱箱体外壁板を補強し、発泡断熱材の膨張収縮に対し断熱箱体外壁板の変形を防止する、という点で、技術的課題と効果を同じくするものである。しかも、「鉄板からなる気泡接触部材」として、「鋼板」はきわめて一般的である。さらに、これを、後者の「ポリエチレンシート」と比較すると、後者の「ポリエチレンシート」も、発泡断熱材の膨張収縮に対し断熱箱体外壁板(扉外板2)の変形を防止するものであり(記載事項<2>参照)、ひいては、断熱箱体外壁板(扉外板2)の補強をなしているといえるものと認められるから、同様である。してみれば、上記引用例2に記載された「鉄板等からなる気泡接触部材」を、後者の「ポリエチレンシート」に結び付けることは、当業者にとって格別の困難はなく、相違点2における前者の構成は、このようにして、上記引用例2に載された「鉄板等からなる気泡接触部材」を、後者の「ポリエチレンシート」に代えて用いることにより、当業者が容易になし得たものである。

相違点1と2の組み合わせについて

前者が、その「外面板」を「鋼板」で形成し(相違点1)、その「シート状体」を「鋼板」により形成された「補強板」とした(相違点2)ことにより、「上記外面板と上記補強板との材質が同様であるため、両方向の収縮率が等しくなり、」(平成7年8月28日付け手続補正書第2頁第7~8行)、このことによっても、「発泡断熱材の充填時ならびに庫内の温度変化による発泡断熱材の膨張収縮を抑制することができ、冷蔵庫の外面板の変形を防止する効果がある。」(明細書第4頁第19行~第5頁第2行)、「庫内の温度変化を受けて熱伝導により発生する外面板と補強板の収縮率の違いによる外面板の変形をも防止することができる。」(審判請求理由補充書第4頁第25~27行)としても、このような効果は、「外面板」と「シート状体」の双方を「鋼板」により形成する(相違点1と2を組み合わせる)ことにより、当然に奏される効果に過ぎない。そして、そのようにすることに格別の困難性が存したものとも認められず、また、これにより、他に格別の効果が生じているものとも認められない。

5. むすび

したがって、本願発明は、上記引用例1及び2に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

別紙図面(1)

<省略>

別紙図面(2)

<省略>

別紙図面(3)

<省略>

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